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September 2023

September 27, 2023

小熊英二・姜尚中編『在日一世の記憶』

HMVネット購入。2023年8月15日注文。

書名:在日一世の記憶
編者:小熊英二・姜尚中
出版:集英社新書(2008年10月第1刷)

《目次》

はじめに(姜尚中)

1 植民地の『恨』を「アリラン」に託し、語り継ぐ(姜金順 女)

2 朝鮮での暮らしと日本での暮らし(許任煥 女)

3 映画化された海女の半生(梁義憲 女)

4 何がなんでも自分の国が一番美しいよ(李錫玄 男)

5 騙されて北海道の炭鉱に強制連行(成周八 男)

6 三つの教会を建築した牧師の師母(沈孝男 女)

7 働いて、働いて、働いて(姜必善 女)

8 強制連行同胞の遺骨収集し、納骨堂完成(裵来善 男)

9 突然、倉庫に入れられて北海道へ(全補純 男)

10 家族を守って(朴勝子 女)

11 父に連れられ日本各地の土木工事現場を転々と(金璟洛 男)

12 サハリンにとり残された四万三〇〇〇人の同胞(李義八 男)

13 民族受難の日々に(白宗元 男)

14 この世の中で一番難しいのは、絵を描くこと(呉炳学 男)

15 いい歴史をつくるのが今の仕事(鄭小鎔 男)

16 クリスチャンとして生きて(南周也 女)

17 日本政府に謝罪と名誉回復を求める(徐元洙 男)

18 生き残ったBC級戦犯として(李鶴来 男)

19 目前で国家が三回なくなった(朴進山 男)

20 仮の家と思って赴任した川崎教会(李仁夏 男)

21 日本籍とってから三〇年、毎年墓参りに(岩崎晃雄 男)

22 日本の習慣も、もうわからんようになっちゃった(平野八重子 女)

23 被爆を乗り越え婦人会活動に貢献(権舜琴 女)

24 民族学級と共に三六年(金容海 男)

25 徴用されて在日六一年(朴明寿 男)

26 ハンセン病の語り部(金泰九 男)

27 植民地支配の根性まだ抜けていません(玄順任 女)

28 「女の子一五人出せ」といわれて(金徳玉 女)

29 北も南もわが祖国(宋東述 男)

30 現実を生きるための実践的な歴史学を(朴鐘鳴 男)

31 強制立退きの不安のなか、ウトロで生きる(金君子 女)

32 次の世代に偏見や差別のない社会を(高淳日 男)

33 被爆、夫の死、親きょうだいとの別れ(鄭寿祥 女)

34 焼肉に賭けた半生(崔一権 男)

35 活動家として民族に奉げた人生(朴容徹 男)

36 朝鮮人被爆者協議会とともに(李実根 男)

37 家族はいつも離れ離れだった(金星化 男)

38 吹田事件・大阪で闘った朝鮮戦争(夫徳秀 男)

39 朝鮮現代史を生きる詩人(金時鍾 男)

40 朝鮮市場からコリアタウンへ(洪呂杓 男)

41 夜間学校でいただいた宝物(千南弼 女)

42 医者になるつもりが民族学校の教員に(高泰成 男)

43 わたしの「心の勲章」(余日花 女)

44 参政権の根っ子は基本的人権(李鎭哲 男)

45 わたしと歴史学との出合い(姜徳相 男)

46 魂の渇きから出合った音楽(韓在淑 男)

47 在日女性の「キムチ物語」(李連順 女)

48 児童文学と共に五〇年(韓丘庸 男)

49 ハングルソフト開発の先駆者(高基秀 男)

50 チョゴリとともに生きて(石梨香 女)

51 在日のために尽くす仕事に変わりはない(李達完 男)

52 「幻のフィルム」を蘇らせた記録者(高仁鳳 男)

在日韓国・朝鮮人の足跡(高賛侑)

用語解説(高賛侑)

あとがき(小熊英二)

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September 22, 2023

司馬遷『史記世家(下)』

この本はアマゾンの中古で購入。2021年8月11日注文。

書名:史記世家(下)
著者:司馬遷
訳者:小川環樹、今鷹真、福島吉彦
出版:岩波文庫(1991年8月第1刷)

《目次》

陳渉世家 第十八

外戚世家 第十九

楚元王世家 第二十

荊燕世家 第二十一

斉悼恵王世家 第二十二

蕭相国世家 第二十三

曹相国世家 第二十四

留侯世家 第二十五

陳丞相世家 第二十六

絳侯周勃世家 第二十七

梁孝王世家 第二十八

五宗世家 第二十九

三王世家 第三十

解説(今鷹真)

〔地図〕
漢初要図
前漢武帝期要図

人名・地名索引

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September 11, 2023

司馬遷『史記世家(中)』

この本は1985-86年に大阪にあった旭屋書店で購入したようです。


書名:史記世家(中)
著者:司馬遷
訳者:小川環樹、今鷹真、福島吉彦
出版:岩波文庫(1982年12月第1刷)


《目次》


楚世家 第十


越王句践世家 第十一


鄭世家 第十二


趙世家 第十三


魏世家 第十四


韓世家 第十五


田敬仲完世家 第十六


孔子世家 第十七


十二諸侯年表 第二


〔地図〕
春秋時代要図
戦国時代要図

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September 05, 2023

青山弘之『ロシアとシリア』

HMVネット購入。1922年8月18日注文。


書名:ロシアとシリア ウクライナ侵攻の論理
著者:青山弘之
出版:岩波書店(2022年7月第1刷)


《目次》


はじめに
凡例


第1章 干渉国から「侵略未遂国」へ


1 近代との遭遇—「東方問題」と宗派主義
//「東方問題」とは/宗派主義による分断/


2 ロシアの離脱
//三枚舌外交/ロシア革命とシリア/


3 シリアとは?
//「シャームのくにぐに」/共存と調和の地/シリア分割/


4 フランスの委任統治
//治安軍によるマイノリティ重用と国境・行政区画の改編/


5 ヨーロッパから移植された混乱の火種
/パレスチナの悲劇/宗派(主義)制度/ナショナリズムの興隆/


第2章 友好国、同盟国から主権の「守護者」へ


1 友好国、同盟国となったロシア
/中東諸国の社会主義化/ソ連への接近/対イスラエル戦略の変遷/


2 勧善懲悪と予定調和で理解された「アラブの春」
/「アラブの春」とは/
{・・・「アラブの春」は2010年12月にチュニジアで発生した「ジャスミン革命」に端を発し、アラブ諸国に波及した一大政治変動である。「第四の民主化の波」などとして高く評価されているが、発生当初から不審に点に満ちていた。
「ジャスミン革命」は、大学卒だったにもかかわらず、定職に就けず、路上販売で生計を立てることを余儀なくされていた青年が、女性警官に侮辱されて自暴自棄になり、抗議のために自殺したことがきっかけだとされた。そして、フェイスブックをはじめとするSNSを通じて事件についての情報が拡散され、各地で抗議デモが呼びかけられたことで、長期独裁政権を敷いてきたザイン・アービディーン・ベン・アリー大統領(1987年就任)が2011年1月に退陣に追い込まれたと理解された。だが、自殺した青年は実際には高校中退で、無許可で路上販売していることを注意されただけだった。また、長期独裁政権とされたチュニジアは、中東においては比較的民主的な国の一つに数え上げられていた。誇張された事件と独裁ではない国の体制転換—それが「アラブの春」の起点だった。
とはいえ、この事件をきっかけに、抗議デモがアラブ諸国に波及し、エジプト、イエメン、リビアで国家元首が次々と退陣していった。またそれ以外のほぼすべてのアラブ諸国でも抗議デモが発生、アルジェリアやモロッコでは憲法改正が、ヨルダンでは内閣交代が行われた。一方、バハレーンでは政府の要請のもと、湾岸協力会議が三月にサウジアラビアの主導のもとに合同部隊を派遣し、抗議デモの参加者らを拘束、事態を制圧した。}
/「革命」の実像/
{一連の政治変動は、「インターネット革命」、「フェイスブック革命」などと呼ばれて注目を浴び、疎外感に苛まれた若者らがSNSを通じてつながり合うことで、「怒りの壁」を打ち破り、国を変革したと賞賛された。だが、デモが発生した国のほとんどは、インターネットの不空率が比較的低く、またデモもSNSそのものではなく、SNSを通じてデモを呼び掛けていると伝えた衛星テレビなど既存メディアの報道や「口伝」などの伝統的な意思疎通手段を通じて広まったというのが現地情勢に精通した専門家の一般的な見方だった。
「アラブの春」はまた、勧善懲悪と予定調和に基づいた過度に単純化されたステレオタイプに当てはめて解釈された。すなわち、政権を悪、それに抗い、自由、尊厳、そして民主主義の実現を目指す市民を正義と捉え、「正義把握に勝つ」(あるいは勝たねばならない)という感情論が支配的となり、そこから外れた見方、あるいは異なった解釈は、独裁という悪を支えようとするものだとして非難を浴び、排除された。勧善懲悪と予定調和に基づく見方は、体制崩壊(体制転換)の瞬間をクライマックスと捉え、関心を高揚させ、その先には理想的な社会が実現するはずと夢想するものだった。それゆえ、体制崩壊後に、自由や尊厳が具体的にどのように保障されるのか、民主主義がどのような制度のもとに機能するのかが争点となることはほとんどなかった。ある国で体制崩壊が実現すると、その国への関心は薄れ、別の国の体制崩壊の動きが探し求められ、熱狂的に応援された。こうした心理状況こそが、「アラブの春」をアラブ諸国のほぼ全域に波及させる原動力であり、期待していた体制転換が生じない場合、やり場のない正義感は、破壊や混乱を是認するような過激な言動に発展した。
とはいえ、「アラブの春」を経験した国は、体制転換を経験しようがしまいが、その後に理想的な社会を実現することはなく、そのほとんどが混乱と停滞に苛まれた。・・・}
/欧米諸国の介入—リビアとイエメンで起こったこと/


3 シリア内戦
/「アラブの春」の波及/
{・・・きっかけは、二月末に、ダルアー市で、地元の10-16歳の子供たち三十人ほどが、チュニジアやエジプトでの抗議デモのスローガンを模した落書きをしたことだった。・・・
・・・「シリア革命」などと銘打たれた抗議デモは、チュニジア、エジプト、イエメンとは異なり、散発的で、首都ダマスカスでは大規模なデモは発生しなかった。しかし、こうした事実が冷静に顧みられることはなかった。「アラブの春」を経験したほとんどすべての国と同じように、抗議デモ、そしてそれに対する弾圧は、勧善懲悪と予定調和に押し込められて解釈された。
・・・内戦というと、純粋に内政問題のような印象を持つ。だが、実際には、国内の当事者が争い合い、疲弊するのに乗じて、外国が干渉する。内戦が常に代理戦争としての性格を帯びるのは、いつの時代でも歴史の常だ。シリア内戦でも例外ではなかった。それは「アラブの春」に端を発し、悪の体制と正義の市民という国内の当事者同士の二項対立に見えた。だが、実際には国内外の様々な当事者が関わり、様々な争点をめぐって対立を繰り広げる重層的な紛争だった。}
/内戦の国内的要因/
{シリア内戦における重層的な諸局面は、大きく二つに分けることができる。国内的要因と国際的要因だ。
国内的要因は、「民主化」、「政治化」、そして「軍事化」という三つの局面にさらに細分できる。「民主化」とは、勧善懲悪と予定調和によって規定された「アラブの春」のステレオタイプに沿った動きを指し、そこでは政府とデモ参加者が体制転換の是非をめぐって二項的に争い合った。「政治化」とは、政府、反政府・反体制組織・活動家が、民主化の是非をめぐって権力闘争を展開する状態を指す。ここにおいて、政府と反政府・反体制組織・活動家は、必ずしも二項対立するのではなく、権力の維持・強化、権力の奪取、あるいは権力への参画をめざして離合集散した。「軍事化」は、武力を伴って「民主化」や「政治化」が推し進められることである。シリアでは抗議デモ発生直後からデモ参加者の一部が武装し、当局に対峙するようになり、2011年9月から後に自由シリア軍として知らせることになる反体制武装勢力が活動を本格化させた。こうした動きを受けて、警察・治安部隊、さらには軍地上部隊を動員して、弾圧を試みていた政府側も、戦車、大砲、ミサイルといった重火器、戦闘機、ヘリコプターを投入し、暴力をエスカレートさせていった。
しかし、「民主化」であれ、「政治化」であれ、「軍事化」であれ、中東、アラブ諸国随一の強固な支配体制を誇り、強大な軍事力、そして暴力装置を備えていたシリア政府が打倒されるはずもなかった。小規模で散発的な抗議デモは、国家機能を麻痺させ、政府を退陣に追い込むには不十分だった。反政府・反体制組織・活動家には、政府に対抗し、体制転換後の政権の受け皿になるだけの結束力も政治手腕も欠いていた。自由シリア軍を自称する反体制武装勢力も、泡沫グループからなる烏合の衆で、体制を打倒するための戦略、動員力、そして装備を持ち合わせてはいなかった。
にもかかわらず、シリアは「今世紀最悪の人道危機」と呼ばれる惨状を経験することになった。それをもたらしたのは、言うまでもなくシリア内戦における国際的要因だった。}
/内戦の国際的要因/
{国際的要因は、「国際問題化」、「アル=カーイダ化」という二つの局面に細分できる。
「国際問題化」は、国内的要因に対処するとして、諸外国が介入する状態を指す。最初に介入したのは、西側諸国、具体的には欧米諸国、トルコ、サウジアラビア、カタールといったアラブ諸国だった。
これらの国は、リビアに介入したのと同じロジックに基づいて、抗議デモや反政府・反体制組織活動家・武装勢力に対するシリア政府の強硬な姿勢が人権侵害にあたると主張し、政府に対応を迫った。シリア政府がこうした要求を一蹴すると、西側諸国は経済制裁を科し、シリアを国際社会において孤立させようとした。
アメリカは2011年4月から幾度となく制裁を発動し、シリアでの人権侵害に関与・協力するとしてアサド大統領ら政府、軍の高官や関連機関・団体の資産凍結や渡航禁止、アメリカ国民によるシリアへの投資と輸出の禁止、シリアからの石油、石油産品の輸入・取引の禁止といった措置に踏み切った。欧州連合も同年5月以降、同様の制裁をとった。一方、アラブ連盟は、サウジアラビアやカタールの主導のもとに、同年11月、シリアの加盟資格を一時停止、大使召還、禁輸、資産凍結といった制裁を発動した。トルコも同月、国内の資産凍結、シリア中央銀行との取引禁止などの制裁を科した。西側諸国の一員を自認する日本は、2011年9月から12年11月にかけて、アサド大統領をはじめとする政府、軍の高官18人と35の関連機関・団体の資産を凍結し、シリア籍の航空機のチャーター便乗り入れ禁止を発出した。
西側諸国はまた、2011年7月のアメリカを皮切りに、「保護する責任」を根拠にシリア政府の正当性を一方的に否定し、同12月に在外活動家からなるシリア国民評議会を「シリア国民の正当な代表」として承認した。また2012年にはシリア国民評議会を母体とするシリア革命反体制勢力国民連立(シリア国民連合)の設立を後押しし、その正当性を承認した。
ウクライナ侵攻をめぐっては、アメリカのジョー・バイデン大統領が2022年3月26日、訪問先のポーランドの首都ワルシャワでの演説で、「ロシアのプーチンは権力の座にとどまってはならない」と述べたものの、ホワイト・ハウスはこれを否定、西側諸国のメディアも行き過ぎだと批判した。だが、シリアの場合は、欧米諸国が行った正当性の否定という傲慢な非礼は、何の違和感もなく受け入れられた。}
/「テロとの戦い」と「穏健な反体制派」への支援/
{西側諸国はそれだけではなく、「穏健な反体制派」を支援していった。
「穏健な反体制派」とはそもそもは、シリア国民評議会やシリア国民連合といった政治組織を指していた。だが、2013年になると、西側諸国、とりわけアメリカは、これを拡大解釈し、自由シリア軍を自称する反体制武装勢力諸派を指す言葉として用いるようになり、国防総省やCIAが陰に陽にこれらを支援していった。
シリアにおいて反体制派というと、体制打倒を目指し、そのためであれば暴力に訴えることも辞さないとする組織・活動家を指す。政治学の定義に従うのであれば、言語面での過激性を特徴とする急進派と同義で、それゆえ「穏健な反体制派」という言葉は、そもそも矛盾していた。だが、このような奇妙な言い回しが用いられたのには訳があった。それは、シリア内戦における国際的要因の一つである「アル=カーイダ化」と関わっていた。
「アル=カーイダ化」は、「軍事化」がシリア政府の優位のもとで推移するなかで、アル=カーイダの系譜を汲む組織・活動家を含むイスラーム過激派が世界中から参集し、自由シリア軍諸派に同化、あるいはハイジャックしていく状態を指す。この動きは「軍事化」とほぼ並行して進行し、2011年末にはイラクのアル=カーイダとして知られていたイラク・イスラーム国が侵食を始めた。彼らは2012年初めに、「シャームの民のヌスラ戦線」(2016年7月にシャーム・ファトフ戦線、2017年1月にシャーム解放機構に改称し、現在に至る)を結成し、同年末までには「もっとも攻撃的で成功した反体制派」として成長を遂げた。ヌスラ戦線は(イラク・イスラーム国と同じく)国連安保理決議第1267号委員会(通称アル=カーイダ制裁委員会)において国際テロ組織に指定され、シリアのアル=カーイダと見なされた。
ちなみに、2013年4月、イラク・イスラーム国はヌスラ戦線が傘下組織だと暴露した上で、両組織を完全統合し、イラク・シャーム・イスラーム国(別名ISIS、ISIL)を名乗ると宣言した。だが、ヌスラ戦線は反発し、独自に活動を続けると表明した。この対立に対して、アイマン・ザワーヒリーが率いるアル=カーイダ(総司令部)は仲介を試みたが、不調に終わり、2014年2月にイラク・シャーム・イスラーム国は「破門」を言い渡された。このイラク・シャーム・イスラーム国は同6月、イラク第二の都市モースル市を制圧、カリフ制樹立を宣言し、イスラーム国に改称し、イラクとシリアで一気に勢力を拡大した。
ヌスラ戦線やイスラーム国以外にもさまざまな過激派が台頭した。そのメンバーは、シリア人、イラク人だけではなく、チュニジア、サウジアラビア、トルコ、フランス、ロシアを含む旧ソ連諸国など100カ国以上から集まっていた。自由、尊厳、そして民主主義の実現を目指す外国からの「義勇兵」などとは到底みなし得ない彼らがシリアの反体制武装勢力の主力をなすことで、国内での暴力の応酬に拍車がかかった。
西側諸国は、ヌスラ戦線やイスラーム国をテロ組織とみなし、「テロとの戦い」によって撲滅するとの姿勢を示した。イスラーム国がイラクとシリアで勢力を拡大すると、アメリカは有志連合「生来の決意」作戦合同任務部隊を結成し、2014年8月にイラクで、9月にシリアで爆撃を開始した。だが、その一方で、西側諸国は、民主化を目指す「穏健な反体制派」(自由シリア諸派)を支援するとして、反体制武装勢力の主力をなし、彼らに同化していたイスラーム過激派に陰に陽に武器や資金を提供した。「テロとの戦い」を行う一方で、テロ組織を支援するのはマッチポンプ以外の何ものでもなかった。}
/欧米諸国が軍事介入しなかった理由/
{それだけではなかった。西側諸国は、本来であればリビアと同じように軍事介入を行い、自らが正統性を否定したシリア政府を打倒し、人権侵害を食い止めて然るべきだったし、そのための物理的力も有していた。このことを見込んで、反体制派も西側諸国に幾度となく軍事介入を求めた。しかし、西側諸国は「保護する責任」を根拠に介入に踏み切ることはなかった。
理由はロシア。そして中国にあるとされた。両国は、「リビア・シナリオ」と称された「保護する責任」に基づく軍事介入を通じた西側諸国による国際秩序の現状変更の再発を防ぐべく、シリア内戦をめぐっては強硬な姿勢で臨んだ。・・・}
{・・・とはいえ、リビアでは、NATOは国連安保理決議の採択を待って軍事介入を行った訳ではなかったため、シリアでも国際法を無視して軍事介入するという選択肢はあったはずだ。だが、西側諸国は、軍事介入に踏み切らないだけの理由があった。
第一の理由は、費用対効果の低さである。西側諸国がこれまでに国際法を無視して、軍事介入を行ったアラブ諸国は、カッザーフィー大佐が統治していたリビアであれ、サッダーム・フセイン政権下のイラクであれ、豊富な天然資源を有していた。・・・
第二の理由は、イスラエルの安全保障においてシリアが果たしてきた奇妙な役割である。・・・
・・・シリアで混乱が再生産され続け、政府が弱体化したまま、「抵抗枢軸」と反体制武装勢力の双方がシリア国内の戦闘に惹きつけられていることが、イスラエルの安全保障を担保する上で最も好都合だった。}


4 グレード・ダウンされる介入の根拠
/論理のすり替え/
{西側諸国の対シリア政策は、自由、尊厳、民主主義の実現を後押しすると主張する一方で、体制転換をもたらすような軍事介入を避けようとするものだった。また、「テロとの戦い」を推し進める姿勢をとりつつ、「穏健な反体制派」(自由シリア軍諸派)に同化していたイスラーム過激派を実質的に支援していた。こうした相矛盾したマキャベリズム的な政策は、「燃えるがままにせよ」戦略などと呼ばれた。そして、この戦略を通じて、西側諸国は、シリア国内で混乱を再生産するため、二度にわたって自らの正義をグレード・ダウンしていった。・・・}
/改竄と捏造/根拠なき軍事介入の帰結/


5 主権に基づくロシア、イランの介入
/なぜロシアはシリア政府を支援するのか/イランの対応/プロパガンダが覆い隠す二重基準/「膠着という終わり」/


第3章 知が裏打ちする怒り、怒りを支える無知


1 主戦場となったウクライナ
/プーチン大統領の主張/アゾフ聯隊/ゼレンスキー大統領の変化/欧米諸国の迅速な対応/直接的な軍事介入は回避/


2 集団ヒステリーに苛まれる欧米諸国
/一方向に押し流されるメディア/ロシア=悪?/情報統制と煽られる戦意/


3 知がもたらす感情移入と差別
/「ウクライナは第二のシリア」/問題の本質/「金髪で青い目をしたヨーロッパの人々が……」/無視されるシリアからの悲痛な叫び/


4 デフォルメされる現実
/ロシアへの知、シリアへの無知/各国の威嚇合戦/ロシアとアメリカの動向/


5 黙殺される違法行為
/力を誇示するアメリカとロシア/シリアをめぐる各国の角逐/軍事行動を徐々に再開/アメリカに報復する「イランの民兵」/アメリカの思惑/「カネの力による現状変更」の試み/


第4章 弱者による代理戦争


1 三者三様の反応
/ロシアを支持—シリア政府/ロシアを支持する官製デモ/ウクライナとの連帯—反体制派/慎重姿勢—北・東シリア自治局/


2 行き過ぎた人道主義
/人道支援か偽旗作戦か/「国際義勇軍」の呼びかけ/ロシア軍とともに戦う者とロシア軍と戦う者/


3 「国際義勇軍」派遣の動き
/リビア等への傭兵の派遣/トルコの関与/傭兵の勧誘/


4 ロシアの傭兵
/民間軍事会社の関与/
{・・・ワグネル・グループは、ロシア軍参謀本部情報総局の特殊部隊隊員だったドミトリー・ウトキン退役中佐が創設した民間軍事会社である。2013年に退役したウトキンは、民間セキュリティ会社を経て、香港で登記されたスラヴ軍団を名乗る民間軍事会社に勤務、シリア国内の油田の警備などにあたった。このスラヴ軍団がシリアでのイスラーム国の攻撃によって甚大な被害をうけた後、2014年にウトキンが、プーチン大統領に近いとされる「オリガルヒ」の一人エブゲニー・プリゴジンの資金援助を受けて立ち上げたのがワグネル・グループだった。2014年にクリミア危機とそれに伴うドンバス地方での紛争が発生すると、ワグネル・グループはロシア軍に代わって親ロシア派を支援することでその名を知られるようになった。その後、ロシア軍が2015年9月30日にシリア領内での爆撃を開始した翌10月に傭兵を派遣、ホムス県やデリゾール県での油田地帯の防衛のほか、イスラーム国との戦闘に参加した。その数は2017年初めには、チェチェン、イングーシ両共和国(いずれもロシアを構成する共和国)出身のイスラーム教徒を含めて5000人に達すると言われた。彼らは主要な戦闘が終わった後も、シリア国内で駐留を続けた。
一方、ISISハンターは2017年にロシア軍とワグネル・グループの監督のもとに結成された民兵組織で、兵力は約1500人、ほとんどがロシア人だが、一部シリアの沿岸地方出身者も参加しているとされた。ホムス県、デリゾール県の砂漠地帯でロシア軍とともにダーイシュに対する「テロとの戦い」に参加、その後は油田地帯の防衛任務などにあたっていたという。また、一部はリビアに派遣され、リビア国民軍を支援する任務に就いたとされた。}
/シリアからの傭兵派遣へ?/残忍な傭兵部隊/


5 シリア政府支配地の機運に乗じるロシア
/ロシアによる傭兵募集/ロシア軍に合流?/過熱する報道/


おわりに
{古今東西を問わず、内戦と呼ばれる紛争が、国内の争いとして完結したことはなく、それは常に諸外国の介入を招き、代理戦争の様相を呈してきた。国内で対立し合う勢力同士が自らの劣勢を挽回する、あるいは優勢を確固たるものとするために、国外に支援を求めることで、外国が内戦をハイジャックして代理戦争となることもあった。外国が弱小国に勢力を伸長するため、あるいは弱小国をめぐって利権争いを繰り広げる中で、国内対立を煽り、内戦を誘発することで、介入の口実を作り出し、同地で代理戦争を繰り広げることもあった。さらにこうした動きが複合的に作用して、内戦と代理戦争が同義のものとして展開することさえあった。
「大シリア」、あるいは「シャームのくにぐに」と呼ばれる地域の歴史に目を向けると、「東方問題」によって助長された宗教・宗派、民族・エスニシティ間の不和や対立は、欧米諸国やロシアが同地から今日のウクライナが位置するクリミア半島に至る地域を主戦場とする口実を得るために煽られてきた。そこでの諸外国のせめぎ合いは19世紀から20世紀初頭にかけての歴史においては「戦争」の名で記録されているが、それに巻き込まれ、対立し合うことを余儀なくされた人々にとって、それは「代理戦争」以外の何ものでもなかった。
シリア内戦もまた、内戦と代理戦争が不可分で同義のものであることを示す典型だった。反体制派の支援要請に応じる形で、西側諸国は人権を掲げてシリアに執拗に介入した。西側諸国の攻勢で衰弱したシリア政府も、自らの存続をかけて諸外国に支援を求め、これに応える形でロシアやイランは主権尊重、内政不干渉の原則のもとに西側諸国に対峙し、シリアに侵食していった。諸外国のせめぎ合いによって混乱が再生産される中、アル=カーイダの系譜を汲む組織や活動家が諸外国から大挙し、事態をさらに混乱させ、シリアに「今世紀最悪の人道危機」がもたらされていった。
欧米諸国や日本の政府の発言やメディアの報道に耳を傾けていると、ウクライナ侵攻は、シリア内戦とはまったく異なった構造のもとで発生し、推移しているように思えた。その構造とは、力による現状変更を試みようとする悪のプーチン大統領の独断的な決定によって侵略が開始され、ウクライナの政府、軍、そして国民、さらには国際社会がこの暴挙に抵抗し、正義の戦いを繰り広げ、民主主義を防衛しようとしている、といったものだ。だが、第3章で述べた通り、ことの発端には内戦という呼称がふさわしい対立が厳然と存在していた。2014年のクリミア危機とそれに伴うドンバス地方での紛争の背景には、同地の住民(ロシア系住民)が感じていた疎外感、あるいはアゾフ聯隊に代表されるようなウクライナの政府や軍、あるいは民族主義者の高圧的な言動が存在した。国内の不和を助長したこうした要因が、ロシアや欧米諸国に格好の干渉の口実を与えた。ドンバス地方の親ロシア派が、ロシアに後ろ盾を求めることで、ウクライナの政府や軍に対する劣勢を打開しようとする一方、ウクライナ政府は、トルコやイスラエルの軍事支援、あるいはNATOやEUへの加盟を模索していった。2021年10月に、ウクライナ軍がトルコから購入したバイラクタルTB2をドンバス地方での戦闘に初めて投入したことに対して、ロシアがウクライナ侵攻で応じたことで、親ロシア派の政治勢力、武装勢力、そして住民はロシアの「代理」(proxy)となり、欧米諸国の軍事支援を通じてこれに抗おうとしたウクライナ政府も、これらの国の「代理」となり下がった。
ウクライナの当事者のなかに、自らが思い描く完全勝利を自力で勝ち取ることができる者はもはや存在せず、また自らの意志で戦いを収束させることができる者もいない。戦争と平和の権利を握っているのは、ドンパス地方の住民を支援するとしてウクライナに全面戦争を仕掛けたロシアと、そのウクライナへの軍事支援継続の是非の決定権を握る欧米諸国なのだ。
ウクライナ侵攻が二国間の戦争というよりはむしろ代理戦争として推移しているという事実は、10年以上におよぶ紛争と混乱の末に、分断と占領を特徴とする「膠着という終わり」を迎えたシリアが辿った悲劇の再来を想起させる。「ウクライナは第二のシリア」という表現は、両国で繰り広げられている無差別殺戮や情報戦の近似性ではなく、諸外国に翻弄される小国としての近似性を示していることが見極められてしかるべきなのである。・・・}


あとがき


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September 01, 2023

KIERKEGAARD『FEAR AND TREMBLING』

アマゾンで中古本を買いました。


書名:FEAR AND TREMBLING - Dialectical Lyric by Johannes de silentio
著者:SOREN KIERKEGAARD
訳者:Alastair Hannay
出版:PENGUIN BOOKS(1985年)


《CONTENTS》


Introduction (Alastair Hannay)


FEAR AND TREMBLING


Preface


Attunement


Speech in Praise of Abraham


**PROBLEMATA**


Preamble from the Heart


Problema I


Problema II


Problema III


Epilogue


Notes


 

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